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たかがマウスピース、されどマウスピース たかがマウスピース、されどマウスピース

Chapter 09

歯科医師の先生方へ

ダイバーズマウスシンドローム(DMS)の各論、有床義歯とダイビング、感染源としてのマウスピースなど、歯科医師の先生に向けた解説と参考文献。

ダイビング用マウスピースは、一般的なスポーツ用マウスガードとは異なる特徴を持ち、顎関節や咬合、補綴装置、有床義歯などにさまざまな影響を及ぼす可能性があります。 本章では、スキューバダイビングと口腔内環境との関係について、ダイバーズマウスシンドローム(DMS)を中心に、水圧変化によるトラブル、マウスピース起因の症状、義歯との関係、感染リスクなどを整理し、歯科医師の先生方に向けて解説します。

スキューバダイビング概論

現在、日本のスキューバダイビング愛好者(ダイバー)の数は、レジャースポーツダイビング産業協会発行の【ダイビング産業に関する調査報告書】によると、各ダイビング指導団体の発行する”Cカード”の発行枚数を集計したところ、2007年現在で200万人前後であると報告しています。

財団法人“自由時間デザイン協会”発行の【レジャー白書】によると、ダイバーを年一回以上スキンダイビングまたはしキューバダイビングを楽しむ者として定義した場合140万人に上ると報告されており、日本海洋レジャー安全振興協会が実施する「レジャーダイバーの応急医療システム:Divers Alert Network (DAN)」では、さらに頻繁にスキューバダイビングを楽しむ機会のある、よりアクティブなダイバーの数として60万人前後と評価しているようです。

また、近年のダイバーの急速な増加や高齢化にあたり、より安全なダイビング環境の整備が求められつつあり、ダイビング機材の開発や、高齢者、障害者を対象としたダイビング団体の結成など、様々な形でダイバーの需要に対して幅広い対応がなされています。

一般にスキューバダイビングは安全なスポーツであると言われていますが、それでも死亡事故につながるような重大な事故が毎年発生しており、これに対し医学的な見地から、ダイバーの健康管理や安全確保のための啓蒙活動や注意喚起が頻繁に行なわれています。

しかし、これまでにスキューバダイビングというスポーツの分野において、歯科医師の視点から何らかの啓蒙活動や注意喚起がなされることはほとんどありませんでした。

スキューバダイビングというレジャースポーツは、それほど多くの体力を必要とせず、そのため中・高齢の方や身体にハンディキャップをもつ方々にも広く親しまれているスポーツであり、今後これらのダイバーの方々に対しても、歯科医師としてサポートできる範囲は広がってくるものと考えられます。

マウスガードとマウスピース

現在、日本スポーツ歯科医学会をはじめとして、様々な学会でコンタクトスポーツで利用されるマウスガードの研究が盛んに行われ報告されています。その中で、マウスガードの外傷の予防効果向上や装着感の改善を目的としてカスタムタイプのものを使用することが推奨されています。

しかし、スキューバダイビング用のマウスピースに関しては、さまざまな問題が内包されているにもかかわらず、これまでにほとんど研究の対象となることはありませんでした。

スキューバダイビング用マウスピースには、コンタクトスポーツに用いられるマウスガードと比較して、その目的や形態などに相違点が多く、学術的な考察についても異なった視点からアプローチしていく必要があると考えています。

これまでスキューバダイビング用のマウスピースに関する研究を進めていく上で、マウスガードには認められない、スキューバダイビング用マウスピース固有の特徴として、以下のような点を挙げてきました。

①スキューバダイビングの際には必ずマウスピースを装着する必要がある

現在、多種にわたるスポーツ競技においてマウスガードの普及活動が行われています。しかし競技に際してマウスガードの装着が義務付けられているスポーツが限定されているため、現状においては、カスタムタイプのマウスガードを必要とする競技者が限定されている事も事実です。

一方スキューバダイビングにおいては、ほとんどの場合マウスピースを装着しなければダイビングができません。ダイビング中には水中で呼吸するために、空気の充填されたタンクを携帯する必要がありますが、そのタンクから供給される空気を呼吸するための呼吸回路を口腔周囲に保持するためにマウスピースが利用されるからです。

近年、マウスピースを必要としない呼吸回路を含むダイビング機材が開発されつつありますが、大変高価であることや機能性も制限されることから、一般のレクリエーションとしてのダイビングでは、ほとんどの場合マウスピースを利用します。

マウスガードの装着を義務付けられたコンタクトスポーツと比較しても、スキューバダイビングは、マウスピースを装着しなければ楽しむことのできないという非常に特異な特徴を有するスポーツであると考えています。

②マウスピースを装着すると、下顎が前方に変位する

スキューバダイビング用マウスピースを装着すると、下顎は習慣性咀嚼路より前方に変位します。上下顎顎間関係が正常被蓋である場合、マウスピースを装着すると下顎前歯とマウスピースの間に間隙が生じ、マウスピースが下方に転覆しますが、これを防止するために下顎が前方に変位し、マウスピースと前歯との間に間隙が生じないようにしているものと考えています。

特に初心者ダイバーは、ダイビング中にマウスピースを強くかんで保持する傾向にありますが、下顎が習慣性咀嚼路上から前方に変位した状態でのクレンチングは、顎口腔周囲組織に負担となる可能性があると考えられます。

一方、マウスガードについては、カスタムタイプのマウスガード製作時に習慣性咀嚼路上で下顎位を安定させることの重要性が提言されていますが、ストックタイプのマウスガードを装着した際の下顎位については、これまでに報告がありません。

装着するだけで下顎位が変位するということが明らかになっており、この下顎変位が顎口腔周囲組織に障害を与える原因となる可能性を指摘されているという点において、スキューバダイビング用マウスピースはマウスガードとは異なる特徴を有すると考えています。

③マウスピースを保持するためにクレンチングが必要となる

マウスガードにおいては、歯や顎堤などのアンダーカットを利用して維持力を発現させるため、開口時にマウスガードが外れるということはありません。しかし、スキューバダイビング用マウスピースでは、かみしめたり口唇や頬などの筋力を利用しない限り、口腔内に安定して保持できない構造になっています。

口腔内に保持するために咬合力や口腔周囲筋の筋力が必要である点において、スキューバダイビング用マウスピースは、マウスガードと異なる特徴を有すると考えています。

④スキューバダイビング用マウスピースは犬歯部付近で咬合保持される

通常マウスガードは上顎歯列に装着され、全歯列にて咬合接触が認められます。特にカスタムタイプのマウスガードでは、この咬合接触が全歯列に均一に認められるよう調整を行うことが重要であるとされています。

しかし、スキューバダイビング用マウスピースでは多くの場合犬歯部または小臼歯部において咬合保持するため、大臼歯部における支持は通常欠落します。

ダイビングに要する時間は、潜水深度や経験度にもよりますが通常30~60分前後です。その間大臼歯部の咬合支持が欠落した状態でマウスピースを持続的なクレンチングによって保持することにより、顎関節やその周囲組織に過度な負担がかかる可能性が指摘されています。

装着時に大臼歯部において支持の欠落した状態で持続的なクレンチングが誘起されやすいという特徴は、マウスガードには認められない特徴であると考えています。

⑤高齢者や障害者も利用する

一般にマウスガードの装着が推奨されるコンタクトスポーツは、高齢者や障害者にとって取り組みにくいスポーツであるといえます。

しかし、スキューバダイビングは多くの体力を必要とせず、また安全性も高いといわれていることから、高齢者や障害者にとって比較的取り組みやすいスポーツであるといえます。

また、近年高齢者や障害者を対象としたダイビング愛好団体もいくつか発足しており、今後ますます高齢者ダイバー、障害者ダイバーの人口は増加するものと予想されます。

このようにスキューバダイビングはコンタクトスポーツと比較して年齢的、体力的な制限を受けにくいスポーツであり、その中で利用されるマウスピースについても、使用者の年齢的体力的な層が幅広いという点において、マウスガードとは異なる視点で考察する必要があると考えています。

ダイバーズマウスシンドローム(DMS)各論

スキューバダイビングによって引き起こされる歯科疾患については、これまでに様々な報告がなされていますが、それらの報告は一部の学会誌に散見される程度であり、総合的にこの問題について紹介されている文献はほとんどありません。

スキューバダイビングが原因となる口腔領域の病態は様々であり、これらの病態を総括して、一般には“ダイバーズマウスシンドローム”(DMS)と呼んでいます。

このDMSは、大きく分類して【水圧の変化が原因となるもの】【マウスピースが原因となるもの】【その他】となります。

特に水圧の変化が原因となるものの中には、飛行機搭乗中に発生する気圧変化が、DMSと同じ症状を引き起こす可能性のあるものも含まれており、ダイバーだけではなく、より広い範囲の人々に対して留意する必要がある問題といえるでしょう。

ここでは、DMSと呼ばれている歯科疾患について整理し、日常臨床において役に立ちそうな文献の概略や、サイト作成者が臨床上心がけている点などについて紹介させていただきます。

水圧の変化が原因となるもの

スクイーズ・リバースブロック

スキューバダイビングに関わる歯科疾患としては、一般的には“歯のスクイーズ・リバースブロック” が良く雑誌などに取り上げられています。.

歯科治療において何らかの充填を行った時に気泡が混入したり病巣に死腔のある場合、ダイビング中の水圧変化によって気泡の体積が変化し、この際に発生する圧力変化が疼痛の原因になるというもので、一般に沈降中の水圧上昇に伴うものをスクイーズ、浮上中の水圧低下に伴うものをリバースブロックといいます。

この気泡の体積変化に伴う疼痛については、最初、飛行機搭乗中に発生する痛み「Flyer’s Toothache」として注目され、Aerodontalgiaという呼称で、第二次世界大戦中に報告されたのが始まりのようですが、近年ではBarodontalgiaという呼称が一般的になっているようです。

Barodontalgiaの原因としてはレジンやアマルガムなどの充填中や合着用セメントに混入した気泡、ワッテ根充など不適切な根管充填などの歯科治療に由来するもの以外に、未処置のカリエスや、歯肉膿瘍、根尖性歯周炎、上顎洞炎、通常では症状のない歯髄炎などが挙げられています。また、このBarodontalgiaの予防については、臨床的には死腔が生じないような治療を心がけることが重要であるとの報告がなされています。

参考文献
  1. Roydhouse N.: 1001 disorders of the ear, nose and sinuses in scuba divers, Can J Appl Sport Sci., 10:99-103,1985.
  2. Shiller WR.: Aerodontalgia under hyperbaric condition, Oral Surg Oral Med Oral Pathol.,20:694-697,1965.
  3. Schwartz JD.: Scuba diving and dental hazards, Gen Dent., 26:45-46,1978.
  4. Hodge FR.: Barodontalgia at 12,000 feet, J Am Dent Assoc., 97:66-68,1978.
  5. Price V.: SCUBA diving and dental treatment: Effects can be painful, Quintessence J., 8:37,1979.
  6. Rottman K, Barodontalgia.: A dental consideration for the Scuba diving patient, Quintessence Int., 12:979-982,1981.
  7. Hobson RS.: Diving and dental pain. S Pac Underwater, Med Soc J., 17:43-46,1987.

修復物脱離

海中工事やダイビングインストラクターなどの職業ダイバーの場合、度重なる水圧の加減圧が加わることにより、修復物を合着しているセメントに劣化が生じ、これにより修復物の脱離がおこり易くなるといわれています。また、セメント中に気泡が混入した場合、水圧変化によって起こる気泡の体積変化が原因で、修復物が脱離する場合もあるようです。

セメントの劣化については、今後の研究調査および製品開発を望みたいところですが、日常臨床においてはセメント中に気泡が混入しないよう、細心の注意をはらう必要があると考えています。

参考文献
  1. Scheper WA, Lobbezoo F, Eijkman MA.: Oral problems in divers, Ned Tijdschr Tandheelkd. 112.:168-172,2005
  2. 佐々木良紀:職業パフォーマンス向上のためのスポーツ歯科医学的アプローチ,スポーツ歯学誌.10:73-77,2007

義歯の過吸着

近年、中・高齢者のダイバー(シニアダイバー)の増加が注目されており、特に高齢者ダイバーの数は、全ダイバー数の2%前後といわれています。このシニアダイバーの中には、義歯を装着してダイビングを楽しんでおられる方が大勢おられます。

特に多数歯欠損で義歯床による口腔粘膜の被覆面積が大きいダイバーの場合、不適合や安易な調整により義歯床下に空隙が生じ、その空隙に空気が入った状態で義歯床辺縁が封鎖されると、水圧の変化によってこの空気の体積が減少し、沈降中に義歯の粘膜への過吸着がおこる可能性があると言われています。

義歯の床下粘膜への適合を向上させ、不適合の少ない義歯を患者に提供することはもちろんのこと、義歯を装着したままダイビングを楽しむ可能性のある患者には、ダイビング中の義歯の過吸着が起こる可能性を説明し、沈降中に床下粘膜に過度の吸着感や痛みを感じたときには、一時沈降を中止し、辺縁封鎖を開放するように指導することが重要であると考えています。

マウスピースが原因となるもの

顎関節症

スキューバダイビングが顎関節に与える影響については、1966年にPintが報告した“Temporomandibular joint problems in underwater activities“を皮切りに、いくつかの 報告がなされています。

これらの報告では、スキューバダイビング用マウスピースを装着する際に、大臼歯部の咬合支持がなくなること、マウスピースを保持するために持続的なクレンチングが誘発されやすいこと、マウスピース装着時に下顎が前方偏位することなどが顎関節にとって大きな負担となる可能性を指摘しています。

これらの報告では、ダイビングが顎関節症の原因となったり、顎関節症の症状がダイビングによって悪化する可能性は十分にあるとされています。

一方、ダイビング中の顎関節症症状に関する症例報告としていくつかの報告がなされていますが、個人的には歯科診療に当たって、特に以下のような点に留意することが重要であると考えています。

  1. ダイビング中には、習慣性咀嚼路上に顎位を安定させること
  2. 長時間のクレンチングが生じないよう軽い力で支えられるマウスピースを選択すること
  3. 臼歯部に咬合支持を与えること
  4. マウスピース装着時の下顎頭の位置を安定させるためできるだけ硬度の高いマウスピースを利用するよう薦める
  5. 顎関節症の急性症状が認められるときにはダイビングは控えるように指導すること

実際には、市販のマウスピースを使用しながら、これらの条件を全て満たすことは不可能です。

これらの条件を満たす可能性のあるものとしては、カスタムタイプのマウスピースが考えられますが、今のところ早急な実用化は困難であり、現在様々な視点から実用化に向けて取り組んでいるところです。

参考文献
  1. Storer R, Bowman A.: An unusual factor in disharmony of the masticatory system, Br Dent J., 126:80-81,1969.
  2. Pinto OF .: Temporomandibular joint problems in underwater activities, J Prosthet Dent .,16:772-81,1966.
  3. Goldstein GR, Katz W.: Diver’s mouth syndrome, NY state dent J., 10:523-525,1982.
  4. Mack PJ, Hobson RS, Askell J.: Dental factors in scuba mouthpieces design, Br Dent J., 158:141-142,1985.
  5. Hobson RS.: Temporomandibular dysfunction syndrome associated with scuba diving mouthpieces, Br J Sp Med., 25:49-51,1991.
  6. Yeomans D.: Dental problems in diving, Skindiver., Oct:40-42,1969.
  7. Roydhouse N.: The jaw and scuba diving, J otolarygol Soc Australia., 4:162-165,1977.
  8. Ingervall B,Warfvinge J.: Activity of oro-facial musculature during use of mouthpiece for diving, J oral Rehabil., 5:269-277,1978.
  9. Lamendin H.: For underwater diving : from a personalized standerd mouthpiece to a customized mouthpiece, Chir Dent Fr., 7:45-47,1985.

歯周病(咬合性外傷)

多くの場合、ダイバーはマウスピースを3、4、5付近で咬合保持しダイビングをおこないます。歯周病に罹患したダイバーの中には、その際発生するクレンチングによって、当該歯に咬合性外傷様の症状を発症する可能性があります。

また、マウスピースはシリコーンゴムなどの軟性材料から構成されるため、咬合接触による場合とは異なり、非常に不均一なベクトルを持つ負荷が歯に加わるものと考えられます。

このため、ダイビングによる咬合性外傷様の症例に対しては、基本的な歯周病治療の他、咬合調整などの荷重負担軽減処置に加えて、ダイビング中に歯に加わる負担を軽減することが重要であると考えています。

歯周病に罹患したダイバーに対しては、先ず基本的な歯周治療をおこなうと同時に、ダイビング中にできるだけマウスピースを強くかみしめないように指導することが重要となります。

またその上で、可及的に広範囲でマウスピースを咬合保持できるように、プラットフォームの大き目のものを使用するよう指導し、また、咬合力以外でも保持できるような構造を有するマウスピースを選択する事が有効であることを説明する必要があると考えます。

酸欠・頭痛

スキューバダイビング用マウスピースはその構造上、口腔内に保持するためにある程度のクレンチングが必要となります。

特に初心者や歯列不正のあるダイバーの場合、マウスピースを保持するためのクレンチングが強くなる傾向がありますが、クレンチングが強くなるとマウスピースの咬合部であるプラットフォームが強く押しつぶされた状態になります。

プラットフォームが押しつぶされた状態とは、開口量が減少している状態であることを意味しますが、開口量が減少すると前歯部の被蓋が少なくなり呼吸に対する抵抗が増加します。この強いクレンチングによって誘起される呼吸の抵抗が長時間続くと、呼吸が浅くなり酸欠状態になる可能性が高くなります。

ダイビング中の酸欠状態は、頭痛や過換気症候群、ひいてはパニックなどにつながる恐れもあり危険度は高いものであると言えるでしょう。

ダイビング中の酸欠を引き起こす要因としては、呼吸器系の疾患やダイビング器材の不備、緊張などの心理的な問題などが挙げられますが、特に息苦しさを感じやすいダイバーには、マウスピースを強くかまないように指導し、ある程度硬度の高いマウスピースを利用するよう薦めることが有意義であると考えています。

補綴物の破損

スキューバダイビング用マウスピースはその構造上、口腔内に保持するために第1小臼歯およびその隣在歯で咬合保持するようになっています。

マウスピースを保持するために必要な第1小臼歯付近の歯に欠損があると、一般的なマウスピースを咬合保持することは出来なくなるため、そのような欠損を有するダイバーの中には有床義歯を装着してダイビングをする必要に迫られる方もいます。

特に有床義歯を装着してマウスピースを咬合保持する方の場合、義歯の設計によっては咬合力が主に義歯に作用することになり、この荷重によってダイビング中に義歯が破損する可能性が高くなります。

ダイビング中に義歯が破損すると、マウスピースの保持が極めて困難になり、特に高齢者の場合これが重大な事故につながる可能性も否定できません。

従って、義歯を装着してダイビングをするダイバーに対しては、マウスピースを強くかまないよう指導し、剛性の高い義歯を作成するよう心がける必要があると考えています。

歯肉の外傷

一般的な市販のスキューバダイビング用マウスピースでは、歯列や口腔軟組織への十分な適合を望めない場合が多く、特に硬度が高く適合の悪いマウスピースを使用することによって、辺縁歯肉などの軟組織に外傷を与える可能性のあることが報告されています。

また、重度の歯周病などで歯肉が脆弱化している方の場合、マウスピースによって歯肉が受傷する可能性は高くなります。

このようなダイバーに対しては、歯周病に対して必要な治療を行ったうえで、出来るだけ適合が良く硬度の低いマウスピースを選択するよう指導することが有意義であると考えています。

参考文献
  1. Scholtanus JD.: Gingiva damaged by ill-fitting scuba-diving mouthpiece, Ned Tijdschr Tandheelkd. 110.:403-405,2003.

その他

ドライマウス

ダイビング中にダイバーが携帯するタンクには空気が充填されています。このタンク内に充填された空気は相対湿度が0.06678%と非常に乾燥しており、ダイビング中にこの空気を呼吸に利用するために、ダイバーの口腔内は非常に乾燥した状態となります。

一般にはこの口腔乾燥は一過性のものですが、もともとドライマウスの既往がある方の場合、ダイビング中にこのドライマウスの症状が悪化する恐れがあると考えています。また加齢により唾液分泌量が慢性的に低下した義歯装着者の場合、ダイビング中に口腔内がさらに乾燥することで、義歯に対する違和感や痛みなどの不快症状が増悪する可能性も否定できません。

特に重度の口腔乾燥を訴える方の場合には、ダイビング前に十分な水分補給を指導するとともに、必要であれば人口唾液の併用やダイビング中に利用できる水筒の購入、加湿装置のついたレギュレータの利用などを進めることが有意義であると考えられます。

また、歯根膜や口腔粘膜などへの物理的な刺激の増加が唾液分泌を促進する可能性があるため、咬合支持の拡大されたマウスピースを利用することにもある程度の効果が期待できると言えるでしょう。

悪心

ダイビングのスタイルには、ビーチからダイビングポイントにアプローチする『ビーチエントリー』とボートからポイントにアプローチする『ボートエントリー』があります。

特にボートエントリーの場合、船に酔いやすい方は口腔内の異物感を通常よりも感じやすくなり、ダイビング中の悪心の原因となりえます。

適合の悪いマウスピースやドライマウス、有床義歯などがこの悪心を助長する因子となる可能性は十分に考えられます。中でもマウスピースを咬合保持するための歯を補綴している有床義歯については、異物感を強く感じながらも装着しなければマウスピースを保持できないと言う状態に陥り、ダイバーの負担は非常に大きいものとなります。

可及的に異物感の少ない義歯の設計を心がけることはもちろんのこと、異物感を感じやすい方の場合には、可能であれば義歯を装着せずにを保持できるようなマウスピースを選択するよう指導することが効果的であるといえるでしょう。

有床義歯とスキューバダイビング

近年、中・高齢者のダイバー(シニアダイバー)の増加が注目されており、特に高齢者ダイバーの数は、全ダイバー数の2%前後といわれています。このシニアダイバーの中には、義歯を装着してダイビングを楽しんでおられる方が大勢おられます。

また、一般にスキューバダイビング用マウスピースは、犬歯、小臼歯部で咬合保持する形態となっていますが、この部位に欠損がある場合には、義歯を装着しなければマウスピースを保持することが困難となります。

特に、義歯がないとマウスピースが支えられないという方の場合、その義歯には以下に示すような、通常日常生活には認められない様々な問題が発生すると考えています。

  1. マウスピースを咬合保持することにより、欠損補綴部への局所的、持続的な負荷が発生する
  2. マウスピースを保持するため、口輪筋や咬筋など口腔周囲筋に非日常的な筋圧が発生する
  3. スキューバダイビングの際に使用するタンクの空気は非常に乾燥しており、ダイビング中は口腔内が乾燥しやすい
  4. 船酔いなどの影響で、口腔内の異物感を感じやすくなる
  5. ダイビング中に義歯を紛失した場合、義歯を見つけることが非常に困難である
  6. 旅行中など、トラブルが発生した場合に、かかりつけ医にすぐ相談できる状態でないことが多く、また海外の場合にはすぐに適切な処置を受けることも困難である
  7. 義歯床下に不適合があり、床下粘膜との間に空気が存在する場合、辺縁が封鎖されることによって、空気の体積が変化し、義歯の粘膜への過度の吸着が発生し、痛みの原因となる可能性がある。

したがって、ダイビングを趣味とする義歯装着者、特にマウスピースをささえるために必要な犬歯、小臼歯部に欠損のある方の場合には、義歯の調整や作成にあたって、以下のような点に留意する必要があると考えています。

義歯の作製、調整にあたって

  1. 義歯の設計にあたっては、可及的にレストを多く設定する
  2. 金属床や補強線など、可及的に強度の高い設計を心がける
  3. 床縁の設定には、通常よりも強めの筋形成を実施し決定する
  4. 可能であればコピーデンチャーなどスペアの義歯を準備する
  5. 可及的に違和感が少なくなるような義歯の設計を心がける
  6. 口腔乾燥により問題が起こりそうな場合には、人口唾液を併用する
  7. 床粘膜面や床縁の調整にあたっては、実際にマウスピースを咬合させた状態で問題個所を確認することが望ましい
  8. 潜水時に義歯の過度な吸着感や痛みを感じた場合は、潜行を中止した上で義歯を緩めて床下の気圧変化を解消する必要があることを説明しておく

その他

  1. マウスピースはできるだけかまなくても支えやすい物を選択すること
  2. 口腔乾燥が著しい場合には、加湿装置のついたレギュレターや水中で利用できる水筒などの購入を考えること
  3. 可能であれば義歯を装着しなくても支えられるマウスピースを選択するよう指導すること

感染源となりうるマウスピースの現状

ダイビング器材レンタルサービス

ダイビングを楽しむためには、マスク(水中眼鏡)、シュノーケル、フィン(足ひれ)の3点セットを基本として、タンク、レギュレータなどの呼吸回路系器材の他に、BCDやダイビングスーツ、ウェイトなど様々な器材が必要となります。

タンクを除くこれらのダイビング器材は、個人のものを所有することが推奨されていますが、全器材を購入すると非常に高価なものとなり、また重量も大きいため持ち運びも不便であることなどから、多くのダイビングョップではこれらの器材をダイバーにレンタルするサービスも行っています。

タンクを除くこれらのダイビング器材は、個人のものを所有することが推奨されていますが、全器材を購入すると非常に高価なものとなり、また重量も大きいため持ち運びも不便であることなどから、多くのダイビングョップではこれらの器材をダイバーにレンタルするサービスも行っています。

口腔内に出来るだけ適合し、各ダイバーが持つ諸問題に応じて個人に適したマウスピースの種類や使い方について指導するのと同時に、感染防護の意味からも自分のマウスピースを持つように指導することは、歯科医師の重要な役割となるものと考えています。

バディブリージング

現在、レジャーダイビングにおいては二人一組でもぐる“バディシステム”が推奨されており、何らかのアクシデントが発生した場合には、バディ同士の相互救助によって安全を確保する様々なシステムが、ダイビング指導団体によって紹介されています。

その中で、一方のダイバーの空気がなくなってしまった場合に、もう一方のダイバーのマウスピースを相互利用しながら空気を確保しつつ浮上するという“バディブリージング”があります。

このバディブリージングについても、感染の可能性を否定できない方法であることに疑いの余地はありません。

ダイビング器材には、バディの空気が無くなったり、何らかのアクシデントで自分のレギュレータが利用できなくなったりした時のために、“オクトパス” と呼ばれる予備のレギュレータを装備しておくことが推奨されていますが、その普及は十分とは言えないのが現状のようです。

マウスピースによる感染から身を守るため、バディブリージングの危険性についてダイバーに啓蒙し、オクトパスの装備を積極的に推奨していくことも、歯科医師としての重要な役割であると考えています。