スキューバダイビング中におこる身体のトラブルについては潜水病が有名です。いろんなダイビング雑誌やサイトでも結構見かけることが多いテーマですよね。 その他にも、耳鼻科、皮膚科、眼科、産科、婦人科など、いろんな診療科の先生が、ダイビングにあたっての注意点や情報を、ダイバーの皆さんに提供しておられます。 でも、これまでにスキューバダイビングが引き起こすお口のトラブルについては、歯のスクイーズが取り上げられる程度で、そのほかの問題について総合的に紹介される機会はほとんどありませんでした。
スキューバダイビング中に発生するお口のトラブルはスクイーズ以外にも多くの報告があります。これらのトラブルは総称して「ダイバーズ・マウス・シンドローム(DMS)」と呼ばれています。
ここでは、そのダイバーズ・マウス・シンドロームの中から、いくつかの症状と注意点をご紹介していきましょう。
歯のスクイーズ・リバースブロック
第二次世界大戦のさなか。アメリカ空軍のパイロットがフライト中に歯の痛みを訴えるという事例が多く見られました。当初、”フライヤーズ歯痛”と呼ばれたこの歯の痛みは、フライト中に起こる気圧の変化が原因となって引き起こされることが明らかになりました。
その後、スキューバダイビング中のダイバーにも同じような歯の痛みが起こることが報告され始めましたが、これもダイビング中に起こる水圧変化によって歯の痛みが発生すると考えられています。
これらの歯の痛みは、不十分な歯の治療をうけたまま水圧や気圧の変化する状況に遭遇した場合、歯の神経が入っていた管や治療で使用した材料の中などに残存している気泡に体積変化が起こり、この際発生する圧力によって痛みを感じるというものです。
ひと昔前は、歯の治療にあたって気泡の混入しやすい材料や治療方法が多く見られ、歯の治療が完了した後でも痛みが起こることがあったようですが、現在では緊密で気泡の入りにくい材料や治療方法が選択されており、最終的な治療が完了していれば、この痛みが起こることはほとんどありません。
ただ、この水圧変化によって起こる歯の痛みは、歯の治療方法や治療に用いた材料などとは関係なく起こることもあります。たとえば治療せずに放置している虫歯や歯周病(歯槽膿漏)、上顎洞炎(ちくのう症)などは、日常生活では痛みを感じないような場合でも、ダイビング中に突然痛みを感じはじめるという場合もあります。
飛行機搭乗中やダイビング中に、歯やその周りの組織に圧迫感や痛み、違和感を感じた場合には、できるだけ早く歯科医師に相談することをお勧めします。
スキューバダイビングと顎関節症
顎関節症とは、多くの場合、顎の関節や筋肉に不自然な力がかかり続けることによって発症します。
顎関節症になると、口の開け閉めの時に痛みを感じたり、耳の前あたりで“コキッ”と音がなったりするようになります。これが悪化すると、強い痛みを伴って口の開け閉めが出来ないようになったり、時には片側の顎の筋肉や関節が引きつるために顔がゆがんだりしてきます。
顎の筋肉や関節に不自然な力がかかる原因としては、歯並びやかみあわせが悪い場合、歯ぎしり、食いしばり、奥歯が抜けたまま放置するなどの状況が考えられますが、これらが必ず顎関節症の原因となるわけではなく、様々な要素が複雑に絡み合って発症することが多いといわれています。
ダイビングの時にダイバーは、マウスピースを口で支えますが、この際、奥歯のかみあわせが欠落し、下あごが前にずれた状態で長時間にわたってかみしめることが多く、このことが顎の関節や筋肉に不自然な力をかける原因になる可能性が指摘されています。
そのため、ダイビングが顎関節症を引き起こしたり、悪化させる原因になる可能性があると考えられています。
顎関節症と診断されたことがあるダイバーや、ダイビング以外のときにも、顎のだるさや痛みを感じることの多いダイバーは、出来るだけ速く歯科医師に相談することをお勧めします。
また、ダイビングに際しては、マウスピースを強くかまないよう意識し、顎の関節や筋肉に負担のかかりにくいマウスピースを選ぶよう注意することが重要です。
スキューバダイビングと歯周病(歯槽膿漏)
歯周病は、歯の周りについた歯垢や歯石が原因で発症します。
この歯垢や歯石は細菌が固まって出来たもので、ここから放出される毒素が、歯を支えている歯の周りの骨(歯槽骨)を溶かすために、歯がぐらぐらしはじめ、最後には支えきれなくなった歯が抜けてしまうという病気です。
この歯周病を悪化させる要因として、お口の清掃不良や喫煙、糖尿病などが挙げられますが、強い力が歯に加わり続けるような場合にも、歯周病が急速に悪化することがあります。
ダイビングのときには、マウスピースを歯でかんでささえますが、このマウスピースをかんでささえる歯は、通常前から4番目の“第1小臼歯”が中心となっています。
従って、この“第1小臼歯”近辺の歯が歯周病にかかっていると、歯がぐらぐらしてしっかりとマウスピースを支えられなくなったり、マウスピースをかみしめるせいで歯に強い力がかかり、歯周病が急速に悪化したりします。場合によっては痛くてマウスピースをかめず、ダイビングを断念せざるを得ないこともありうるでしょう。
歯周病と診断されたことのあるダイバーや、ダイビング後に歯がぐらついたり浮いたように感じるダイバーは、出来るだけ早めに歯科医師に相談しましょう。
また、ダイビングに際してはマウスピースを強くかまないよう意識し、出来るだけたくさんの歯で支えられるような構造をもつマウスピースを選ぶよう注意することが重要です。
スキューバダイビングと入れ歯のトラブル
近年のダイバーの高齢化に伴い、入れ歯を入れてダイビングを楽しんでおられるシニアダイバーの方が増えています。
とくにマウスピースをかんで支えるのに重要な、前から4番目の歯である第1小臼歯付近の歯が抜けてしまった場合、入れ歯を入れなければダイビングが出来ないということになります。
歯科医師が入れ歯を作る場合には、日常的な機能を果たすことが出来るようなもの作る、ということを目標としています。つまり、話したり食べたり出来る入れ歯を作る、ということを目標としているのですが、”マウスピースをかんで支える”という機能は、通常目標としてはいません。
従って、日常的に使っていて不都合のある入れ歯はもちろんのこと、日常生活で不都合が無い入れ歯であっても、ダイビングの時には不都合を感じてしまうことがあります。
ダイビングの時に発生する入れ歯のトラブルとしては、入れ歯が割れる、いたくてマウスピースをかめない、気持ち悪くて入れ歯が入れられない、などが多いようですが、中には入れ歯のスクイーズと思われるものもあります。
入れ歯のスクイーズとは、入れ歯と歯ぐきの間に隙間がある場合、水圧の変化によってこの隙間にある空気の体積が減少し、結果的に入れ歯が歯ぐきに強く吸い付いてしまう状態をいいます。強い痛みを感じることもあり、水中で入れ歯をはずすことも出来ないので、いったん浮上する必要が出てくる場合もあるでしょう。
対応としては、潜水中に入れ歯が歯ぐきに強く吸い付くように感じた場合には、こまめに緩めるようにしてください。また、ダイビング中に入れ歯に痛みなどの不快症状を感じる場合には、出来るだけ早めに歯科医師に相談し、入れ歯の調整を行ってください。
スキューバダイビングとドライマウス
ドライマウスは【口腔乾燥症】とも呼ばれ、口の中が常に乾いた状態になる病気です。
原因としては、シェーグレン症候群を始めとした全身的な病気が代表的ですが、その他にも、唾液を作る組織や唾液を通す管に何らかの問題がある場合、鼻の病気、悪い歯並びなどによって口でばかり呼吸している場合などが挙げられます。
また、加齢や薬の副作用によって唾液を作る能力が低下し、ドライマウスとなる場合もあります。
ドライマウスになると、口の中が乾燥するため、舌や喉などの粘膜がひりひり痛んだり、虫歯や歯周病になりやすくなったり、口臭の原因になったりします。一方、入れ歯を入れている方にとっては、入れ歯が外れやすくなり、痛みや違和感を感じやすくなるなどの問題に発展します。
さて、ダイビングの時、ダイバーはタンクに充填された空気を使って水中で呼吸をしますが、このタンクに充填された空気は非常に乾燥しています。このため多くのダイバーがダイビング中の口の渇きを不快に感じていますが、この口の渇きが深刻化すると潜水病にかかりやすくなると言われており、ダイビング前には十分な水分補給が奨励されています。
しかし、日常的にドライマウスの症状を自覚している方は、水分補給だけでは対応しきれないこともあるでしょう。
重度のドライマウスの場合、対応としては空気に湿り気を与える機能のついたレギュレターや、ダイビング中に使用できる水筒などを準備する必要があるかもしれません。
また、マウスピースを上手に選ぶことによって、唾液の分泌が促進され、口の渇きがましになる可能性があります。